ポイント
歴史は結構な比率で試験に出ているので落とすと痛いです。
年代を古代(紀元前・紀元後)、中世、近世、近代と区切り、人名と出身国(活躍した国)・著書・主な事柄などを、関連付けてしっかり覚えよう。
古代:紀元前
紀元前3000年頃
古代エジプトでは、薫香や浸剤(ハーブティーやハーブオイル)として使われた。
ミイラ作りに乳香(フランキンセンス)や没薬(ミルラ)が使われた。(神の薬)
紀元前1200~1000年頃
インドでは、神々に捧げた賛歌集「リグ・ベーダ」にアーユルベーダの源流が見られる。
アーユルベーダは伝統医療法であるが、宇宙観、自然観も含む哲学でもあり、
具体的な生活方法も含む。
約3000年以上の歴史を持つものと推察される。
紀元前10世紀頃
シバの女王から、ソロモン王への贈り物に、乳香や白檀(サンダルウッド)などの香料があったと旧約聖書に記述がある。
参考) 旧約聖書: 主に紀元前2000~1000年頃のイスラエル人の生活などが書かれており、儀式に使用した香料のブレンドのレシピや使用方法に関しては最古の書物。
紀元前5~4世紀頃の古代ギリシャ:
ヒポクラテス: 「医学の父」と呼ばれている。病気を科学的にとらえ、西洋医学の基礎を築く。
マッサージの効用・効果を医療や健康づくりにとりいれた。
紀元前4~3世紀頃の古代ギリシャ
テオフラストス: アリストテレスの弟子で哲学者。
著書は「植物誌」。「植物学の祖」呼ばれている。
紀元前4世紀頃のマケドニア王国(ギリシャとペルシャの中間に位置する国)
アレキサンダー大王: アリストテレスに哲学を学ぶ。東方遠征。
東西のハーブやスパイスが交易品。
古代:紀元後
プリニウス: 博物誌家。著書は「博物誌」全37巻。
ヴェスヴィオス火山の大爆発で亡くなった。
皇帝ネロ: バラ好きで有名。カラカラの浴場のような公共浴場を建設。
浴場内では香油を使用した。
ディオスコリデス:
医学者。皇帝ネロ統治下のローマ帝国内で軍医。
著書は「マテリア・メディカ」。
植物・動物・鉱物万般を薬理機能上から分類(600種、1000項目)
中世・近代ヨーロッパ、アラビア世界において千数百年もの間
利用された古典。
現存する写本は「ウイーン写本」で512年に写本され、ビザンツ帝国の皇女に献上された。
2世紀頃
ガレノス: コールドクリームをつくった。
古代医学を集大成し、アラビア医学にも絶大な影響を与えた。
動物の解剖を行った。肝臓・心臓・脳を生命活動の中枢であるとした。
(新約聖書の完成)
イエス・キリスト誕生物語の中に東方の三賢人からの捧げものとして、
黄金・乳香・没薬が書かれてる。
「ナルドの香油」について書かれているが、おそらくスパイク・ナルドの浸出油と
考えられている。
2~3世紀頃
中国:
「神農本草経」: マテリア・メディカと並んで有名な東洋の薬草学書。
注) 中国では薬草のことを本草という。
5世紀末
「神農本草経集注」: 「神農本草経」が陶弘景によって再編纂され、
今日に伝えられている。
中世
10~11世紀頃
イブン・シーナ(ラテン名でAvicenna。アビセンナ、アビケンナなどと発音):
アラビア人。
アリストテレス哲学を修得。「現存するものは全て必然的である」という存在論を唱えた。
医学者として、蒸留法による芳香蒸留水を製造した。
著書は「医学典範(カノン)」。
17世紀頃まで西欧の医科大学の教科書に使われた。
サレルノ医科大学
イタリアの港町サレルノは、「ヒポクラテスの町」と呼ばれるほど医学で有名であった。
ここで使用されたラテン詩の「サレルノ養生訓」は、ヨーロッパ全土にもたらされた。
1140年に医師の国家免許ともいえる制度が始まる(シチリア王)
これにより、医師開業に制限が加えられるようになった。
1095年~1291年
十字軍遠征の期間。
地中海世界の文化交流を促した。
東西のハーブや薬草、アラビアの医学や精油蒸留法などが、ヨーロッパに伝えられた。
14世紀頃
「ハンガリー王妃の水」:
ハンガリアンウォーター、若返りの水とも呼ばれる。
エリザベートI世の手足の痛む病に修道院の僧が痛み止めとして献上。
ローズマリーが使われていた。
注) 中世ヨーロッパは、教会や修道院中心の僧院医学だったので、
それ以外の一般人で薬草や香草に詳しい者は魔女や魔術師として追放・迫害された。
14~16世紀
大航海時代(1380年~1600年)
新しい医療などの発見と香辛料の直接取引きを目的とした。
近世
15世紀
以前からアルコールは使われていたが、「酒酔いの原因になる成分」がアルコールであることが発見された。
16世紀: イギリスで著名なハーバリストたちが活躍
・ジョン・ジェラード:
ロンドンのホルボーンに薬草園を開く。
著書は「本草あるいは一般の植物誌」。
・ジョン・パーキンソン:
チャールズ1世につかえた。著書は「広範囲の本草学書」。
大西洋を渡った書として有名。
・ニコラス・カルペパー:
「the English Physician」を著す。新大陸への移住者が携帯した。
知識は薬草やハーブに関するものの他、占星術も含まれる。
16~18世紀:
イタリアやフランスのプロバンス地方で、柑橘系の植物から香料が作られ始めた。
特にフランス南部プロバンス地方のグラースは香水の町と言われていて、現在でも香水生産では世界一。
追記) パキスタンのクタシラ遺跡で、紀元前3000年と思われる素焼きの蒸留器が発見されているが、
17世紀のヨーロッパの香料産業のなかで、実用化に至った。
ルイ14世時代の産業の育成政策として香水産業が行われた。
花やハーブの精油が原料。
におい付きの皮手袋として貴族の間で流行。
注)合成香料が使われ出したのは、19世紀終り頃から。
17世紀:
南フランスのトゥールーズで、ペスト患者から金品を盗む泥棒たちは、
ローズマリー、タイム、セージ、ラベンダー、ミントなどのハーブを
酢に漬け込んで作った、殺菌効果の高いハーブビネガーを全身に塗っていたので、
ベストに罹らなかった。 つかまった時、このヒミツを教えて死刑を免れたという
逸話が残っている。
また、香料を扱う商人たちは、伝染病にかからなかったということが知られている。
17世紀末
オーアドミラブル=すばらしい水 (ニックネームはケルンの水):
イタリア人理髪師のフェミニスが、ドイツで販売。
世界最古の香水で、1742年にオーデコロンとして商標を登録。
胃薬としての役割もあった(内服)。
近代
19世紀
ルネ・モーリス・ガットフォセ:
フランス人化学者。
化学実験中に事故で火傷をしたが、治療にラベンダー精油を使い、著しい効果をあげたというエピソードがある。
著書は「aromatherapie」(1937年)。 「アロマテラピー」はガットフォセの造語。
ガッティとカヨラ:
イタリア人医師
精油の治療的効果と神経系への作用、スキンケアへの応用などの分野で共同研究。
パオロ・ロベスティ:
イタリア人、ミラノ植物誘導体研究所長
イタリアにあるオレンジ、ベルガモット、レモンなどの柑橘類の精油とその加工品が、
神経症やうつ病に用いると、非常に有効であることを発見。
香りの精神科の臨床例としては、世界最初。
ジャン・パルネ:
フランスの軍医
第二次世界大戦に従軍、この時抗生物質の使用に疑問を感じていた。
インドシナ戦争の前線から送られてくる負傷者に、精油から作った芳香薬剤を用いて
手当てをし、成績をあげた。
軍籍を離れた1964年に、「AROMATHERAPIE」を書いた。
「役に立つこと」 「科学的領域にとどまること」に重点をおき、アロマテラピー啓蒙に力を尽くした。
◎ジャン・バルネやガットフォセの功績で精油を薬として用いる方法は、
フランスのメディカルアロマテラピーの特徴となった。
(医師の管理のもと内服も行ない、行為者は医師と薬剤師のみ)
20世紀
1960年代
マルグリット・モーリー:
オーストリア人。フランスで活躍した生化学者。
インド、中国、チベットの伝統的な医学や哲学を研究した。
精油を植物油で希釈してマッサージするという方法を示し、精油を使った心身の美容と健康法という新しい考えを取り入れた。
1961年に「Le capital ‘Jeunesse’(最も大切なもの・・・若さ)」を出版し、
美容の国際的な賞である「シデスコ賞」を受賞。英訳され、イギリスのアロマテラピーに大きな影響を与えた。
◎マルグリット・モーリーの精神と肉体のバランスを正常化するという方法論は、
イギリスにおけるホリスティック・アロマテラピーのもととなった。(行為者はアロマセラピスト)
注) ホリスティック・アロマテラピーとは身体におこったトラブルを、
心身両面、全人格的なものとして捉えて、対処していこうとする考え方。
1960~1980年代のイギリス
シャーリー・プライス、ロバート・ティスランドたちが、アロマテラピースクールを開設。
専門家たち(アロマテラピスト)を育てた。
日本における研究
鳥居鎮夫: 香りの心理効果の研究。
随伴性陰性変動(CNV)という特殊な脳波を用いて、
ラベンダーやジャスミンの香りの鎮静作用や興奮作用を実証。
1986年イギリスで開催されたシンポジウムで発表。
1996年4月: 非営利団体「日本アロマ協会」(AJJ) 設立
2005年4月: 環境省所管の「社団法人日本アロマ環境協会」(AEAJ) 設立
これに伴い「日本アロマ協会」(AJJ) は解散。